• 2018.12.12
  • Education Div.

「教育」って何だろな?

「教育」って何だろな?

こんにちは。

Jellyfish入社4年目、教育事業部の鈴木です。外国人の日本語習得に関連するサービスを提供していますが、実は、自分自身は言葉を扱うことがとても苦手です。ノミュニケーション以外に自分の考えを伝える方法がわからないのが悩みですが、今日は、心をこめて精一杯書こうと思います。(ノミながら書いていません)。

自作のクラフトビール        

おひとつ、どうぞ

 

私は「教育事業」を担当していますが、皆さんは、「教育」と聞いて連想する言葉は何ですか?「学校」「教師」「教科書」「教室」・・・などでしょうか。英語のほうが得意な方は、「Education」かもしれません。日本語では、「教」が入る言葉が多く、主役が「教える」=上から下への伝達です。日本の公的な教育や、私が携わっている日本語教育でも、この「教える」の意識がこれまでは強かったように思います。

 

一方、英語の「Educate」はもともと「引き出す」という意味で、人の才能・可能性を中心に「教育」が考えられているようです。そう聞くと、東洋と西洋の違いのようにも見えますが、中国で「教育」という言葉がもっとも古く文書に現れた時は、「才能をもつ人を集めて、立派に育て上げる」という意味で、「教育」が使われていました。

Jellyfishの「教育」事業が目指す世界は、この、だれもが持つ何かしらの「才能」を「引き出し」て「育て上げ」、人生や社会がより豊かになるというものです。そんな世界で「才能」を「引き出し」て「育て上げ」る主役は、「教師」でも「親」でも「上司」でもありません。「自分」です。「自分」が自分の才能を信じ、育てられなければなりません。それができる人が集まって教える側と教えられる側の境がなくなり、志の高い人が刺激し合い、同時に、教える側(人間以外も)のクオリティーや専門性が非常に高くなる、という環境作りを目指しています。

これまでは学校や教師が「教育」の中心として存在していましたが、これからはテクノロジーや地域・企業との連携、異なる領域の専門家など、違った角度のツールも集めて、信じあえる、信頼されるクオリティーの高いサービスを提供していきたいです。

ですから、「教」ではなく、「教育」や「才能」に関心が高く、ツールや環境を作りたいという方を採用していきたいと思っています。

人の可能性を信じる熱い心で、クールに教育と未来を話せる方、お待ちしています!!